肆
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「そろそろ行かねばならんぞ」
ごんごんと頭を叩かれ、蓮珠は顔をしかめさせながら身を起こした。
「もうか?」
「もうではなくやっとだ。お主はいつまで寝ておるのだ」
蓮珠が起きた時には大分日が傾いていた。じきに日が暮れてしまうだろう。逢魔ヶ時――誰そ彼と人の顔を暗くては見え辛いことが語源となり、黄昏と呼ばれることもある――になる。
「ああ、寝すぎたみたいだな。悪い、行こう」
傍らに座していた火生も倶利伽羅剣を手に立ち上がる。家から出、扉に鍵をかけ、ポケットに入れているのを見、思う。ちゃんと帰さないと、と。
「どこに現れるんだ」
「分からん。ころころと変えるのだ」
面倒臭い、と言いかけた口を手でふさぐ。
「しらみつぶしに歩いてみるしかないであろう」
「無計画かよ……」
蓮珠がぐしゃりと前髪を握る。先が不安で不安で仕方ない。
「とりあえず、東寺辺りを探してみないか? 都の入り口から一番近い護りはあそこだろ」
「うむ。それが良いな」
取り繕うように咳をする相手を半眼で眺めてから、歩き出すが、すぐに腕を掴まれ、立ち止まらされる。
「何だよ」
腕を取り返し、さすると火生が指差してきた。
「お主、その格好で外をうろつくつもりか?」
蓮珠が自分の姿を目で確認すると、あ、と口に出した。赤い着物はお気に入りではあったが、これで人間の前をうろつけるかどうかとなると、別だ。
「我の服を貸してやろう」
「いや、人の物は着たくないんだ」
ならばどうするつもりなのだ、と言う火生の顔に草履を投げつける。
「な、何をするか!」
ぼとりと自分の足元に落ちた草履を掴み、振り上げようとするが、相手を目に入れた火生は固まってしまう。
「これでいいだろ?」
と笑って帽子のツバを押し上げた蓮珠の服装はがらりと変わっている。ぶわぶわとした何かの毛皮のファーがついたロングコートを纏い、その下に大きく襟口が開いたカットソーと革のパンツという今風の洒落た格好で、なかなかにキマッている。
「派手だのう」
と上は青のブルゾンに紺のシャツを重ね、下は色のあせた青いジーンズというどこにでもいる少年の服装をした火生が言うと、蓮珠はそうか? と首を傾げ、
「これでどうだ?」
とサングラスを胸ポケットから取り出し、かけた。
「うううむ……」
色素の薄い瞳を隠せば、という思いからだったのだろうが、それではさらに目立ちそうだ。まるで夜の職業の人のようではないかと思ったが、時間を無駄にするわけにはいかないので、黙って頷いた。
「じゃあ、行こうか。お前も、剣は隠しておけよ?」
***
「もう京都駅に着いたぞ」
「やっとだろ?」
喜々として改札に切符を通す火生と、肩を落とす蓮珠。
「なんでわざわざ東福寺まで行って乗り換えるんだよ。時間食ったじゃないか」
「近くに清水五条駅があったからのう。電車は速いのう!」
「近距離だとバスの方が速いって言っただろっ?」
駅のターミナルでバスの方へ足を向かわせた蓮珠を引きずって電車に乗せた火生は、
「そうであったか?」
と腕組みをしながら首を傾げた。蓮珠はそれに体を震わせながらも答える。
「お主、よく知っておるのう」
「別に。誰でも考えたら分かることだろ」
全てを拒否するかのように、急に早足になった蓮珠の背中を火生はため息を吐いてから追った。