+ 此れはこの世のことならず +


柳に風

 胡坐をかいて座るたかむーの膝の上に座る。
「こら」
 そのまま手に持っていた冊子を開いて読み始めたら、たかむーに頭を笏でぺしんと叩かれた。
「なに、どうしたの」
「下りんか」
 眉間に皺を寄せるものだから、元々気難しそうな顔がさらに怖くなる。こんな顔をするから閻魔様だとか言われちゃうんだぞ、と手を伸ばして眉間の皺を伸ばす。
「俺、重い?」
「そんなことはない」
「だったら、いいじゃん」
 そう笑って言えば、たかむーは呆れた顔をして、ため息を一つついただけで終わりにしてくれる。それに、俺はほっとしている。何もかも、気付かないふりをしてくれる、たかむー。いつか愛している人のところに戻らなくてはいけないこの子が、許していてくれることに俺は安心し続けてしまっている。

遣らずの雨

「ごちそうさまでした」
 二人で両手を合わせて食後の挨拶を言う。何も言わずとも、蓮珠の作る食事が美味いことなど、とうの昔から当たり前のこととなっており、今更わざわざ言うことではない。……最近、上へよく行きだし、童女に妙な料理を教えてもらうようになって以来、時折こちらを伺うようになったのだが。
「……ちょっと味付け濃かったかな……」
 ぽつりと。顔を背け、丸めた細い手で口を押え、小さく呟く。それに苦い笑みを浮かべてしまう。どうせ、自分ではなく私に口に合ったかどうかを気にしているのっだろう、こいつは。
「丁度良かったが」
 声をかけると、こちらを見て蓮珠が顔を輝かせる。
「ありがとう」
 とも言う。
 だが、すぐに顔を赤らめて別の方を向いてしまう。私を前に何を恥ずかしがることがあるというのか。
「帰る」
 と立ち上がる。
「えっ、も、もう?」
 立ち上がり、軒先まで私の後ろを追いかけてくる。一寸前まで私の方を見ようとしなかったというに。からりと戸を開くと、頬に水が当たった。
「雨……か?」
 気づかぬ内に降りだしていたのか、肌寒い空気が触れてくる。
「なあ、たかむー」
「何だ」
「仕事、大変なのか……?」
 恐る恐る訊ねてくる蓮珠の方を見ると、瞼を強く閉じて私の着物の袂を握っていた。
「……雨が止むまで、ここにいないかっ」
 私が少しでも腕を引けばすぐに離れる程度にしか入っていない指の力。どうせならば見上げてやればよいものを、また俯いている。短く、蓮珠が安心するようにふっと息を吐き出し、口角を上げる。
「止むまでだぞ」
「……うん!」
ぱっと見上げ、笑む。それに手を伸ばし掛けるが寸前で向きを変え、蓮珠の後ろにある戸に手をかけて開けた。

好きの反対は

「祭ちゃーんっ!」
「お嬢、クルクルのたこ焼き買おてきたでー」
 俺の後ろから馬鹿一人といい匂いを発するたこ焼きの袋が突き出されてきた。
「祭、ただいま」
 張り合うことじゃあないが俺も負けじと声を出してみると、それに祭がぱっと振り向く。で、笑顔で走ってきた。俺は抱き着きやすいようにかがむ。
「伊藤さん、こんにちはー!」
「はーい、祭嬢今日は」
 だが、妹が抱き着きに来たのは後ろのたこ焼き野郎だった。
「祭! お前な、先に言うことがあるだろ」
 まだ小さい妹を後ろから抱き上げると、祭は明るい笑い声をだした。
「お兄ちゃんおかえりなさーいっ」
 抱き直してやると、祭は首にじゃれついてきた。その頭を撫でていると、真横から情けない声がきこえてきた。
「祭ちゃんひどいでー。俺だけスルーするやなんて」
 ううっと嘘泣きをする馬鹿。祭はきょろきょろと狭い部屋の中を見回すと、俺の隣にいる宇治を見て小さく首を傾げた。
「……あ、宇治さん。こんにちは」
 ああ……アンタいたの、に似た言葉を突き刺されて棒立ちになる宇治の肩を伊藤がドンマイ、と叩いた。

たなごころ

「あれって……!」
 一人の鬼がこちらの方に来る者を指差す。
「蓮珠様だ」
「こんなところまでおいでになられるなんて……」
 最近では珍しくなった者の訪問に若い鬼が騒ぎ立てるものだから、我も我もと押しかけてきてしまう。
「誰に用なんだろう」
「馬鹿っ、決まってるだろっ」
 周りを見渡す蓮珠を見、余計なことを口にする者を睨み付ける。静かに艶やかな黒髪を風になびかせて歩いてくる蓮珠を見ていると、蓮珠が微笑した。
「たかむー」
 蓮珠が片手を上げて振る。それに鬼が一斉に私を見てきた。
「……う、汝ら……作業をせんか」
 そう命じても顔を反らすかくすくす笑うだけだ。そうしている間にも蓮珠はこちらに近づいてきている。
「それと、そこの子鬼」
「はっ、はい!」
 土の上に足を置きながら、鬼を横目で見ると固まっていた。
「蓮珠に向かって指を差すな」

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